霧島山麓 狭野神社 御田植祭
帰省中の5月16日朝、姉が新聞を見て「狭野神社の御田植祭があるから見に行こう」と
誘ってくれました。
途中の道端には新燃岳の噴火による火山灰が袋詰めにされて置いてありました。
当日は月曜日で観客が少なかったのでゆっくり見ることができました。

1.東霧島神社から御池(みいけ)を望む
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★狭野神社にて
2.立派な神社です
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3.
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4.神事の準備が整えられて
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5.来賓を待つ椅子
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★参道の巨杉は、今から400年前植栽され、現在10本残り、国の天然記念物に指定されている。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に従軍した薩摩藩主島津義弘が狭野神社に戦勝を祈願、無事に戻ったお礼として植えさせた。

6.巨大な朽ちた木の切り株
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7.神官のお出まし
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8.園児も見物に
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9.神事が始まりました
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★狭野神社御田植祭は、毎年5月16日に行われる狭野神社の春の祭りで、狭野地区に古くから受け継がれる「棒踊り」と「奴踊り」を奉納し、五穀豊穣を祈願します。
どちらの踊りも約400年の歴史を有し、威勢よく声を掛け合いながら棒や木刀をふるう棒踊りは勇壮で迫力満点です。

10.棒踊り
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11.棒踊り
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12.奴踊りを終えて
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★孝昭天皇の時代、神武天皇が誕生した地(高千穂峰の麓の皇子原)に創建されたと伝えられる。
その後、数度にわたる霧島山の噴火により社殿の焼失と遷座を繰り返し、現在地に遷座したのは慶長15年(1610年)である。
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by biwakokayo4 | 2011-06-18 12:53 | 九州の旅


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